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ai fukuda

迷惑メールで考える多様性を認めない人について


以前のブログ『写真の見方から多様性へ~あなたは、カメラマン視点? 被写体視点?~でも触れたように、今、多様性を認めることの大切さが欧米筆頭に求められていますが、ふと、考えたんです。

それなら、

多様性を認めない人のことも認める必要があるのでは?と。

それでこそ、多様性を認める、ということになるのでは?と。

突然ですが、迷惑メールや迷惑メールを送る人について、どう思いますか?

私の好きな美術家・太田三郎(⇒☆☆☆さんの個展を以前観たときのことです。

その前に、太田三郎さんについて。

毎日、散歩を欠かさず、その際に、植物の種子を一つ採集し、記録し、それらを切手という作品に仕上げることを基本に、種子やオリジナル切手や既存の切手で様々な美術作品を発表されている方です。

私は、ほぼ毎日散歩をして季節の様子をツイートしているのですが、太田三郎さんの影響をかなり受けています。というのも、「散歩」について、一度、インタビューをさせてもらっているからというのもあり、直々の言葉が身に沁みて。

そんな太田さんによる展覧会の会場、2012年春、京都・上賀茂にある古い日本家屋「瑞雲庵」で、迷惑メールを使った作品を観たんです。

展覧会そのもののテーマは《家》。

子孫繁栄を願い、家族の繁殖の場であるという家の役割を「種子」と掛けて視覚に訴える作品が部屋ごとに展示されていました。

その中の一つが、

迷惑メールのアドレスをプリントした紙片を使ったインスタレーション(作品)でした。

2011年春から一年間の迷惑メールを集め、それらを印字した細い紙を繋げて輪っかにし、輪っか同士をさらに繋げ、まるで誕生日パーティの飾りのように、部屋に飾りつけられていました。

迷惑メールといえば、出会い系など性的欲望を刺激しようとするものが多いですが、太田三郎さんは、

「東日本大震災のような大災害が起きようとも、淡々と送り続けられる迷惑メールといったものがある。それは人間の本能の象徴であり、そういった性的欲望があるから繁栄は続いていくんですよね」

と、もっと説得力のあるかんじで、作品の意味を、誠実に、真摯に話して下さるのでした。

そういった太田さんの姿勢で話して下さると、迷惑メールに対する「エロ」という言葉は消え、嫌悪感も消え、迷惑メールにも一人間を見ることができるから不思議で。

迷惑メールを悪者とは決めつけず、その存在意義は必ずあると作品に仕上げる太田三郎さんの人間としての懐の深さに、また敬服したのでした。

当時の日記には、こう書いています。

“ 植物の種と、身近なもので表現された家族の種。繁栄と繁殖をテーマとするインスタレーションは、素材のひとつひとつに意味づけされており、そこから、太田さんのすべてを肯定する優しさと強い問題意識を感じた。 ”

まずは、すべてを肯定してから、考える。

多様性を認めない人は、これから、批判されることになるのではないでしょうか。

そうじゃなくて、まず肯定してから。

自分と意見が異なる人。世間と意見が異なる人。そういう人の意見も肯定してこそ、真の多様な社会。多様な人がいるから、地域や国や地球が大ピンチになったときに、総倒れせず、繁栄は続くと、生物学者が話されていたことを思い出しますが、そういえば、今の私は、多様性を認めていると言えるのか、という疑問があり、でも、認めていなくても、認めていても、私は私であって…というようなことを考えながら、英語の迷惑メールに、日本語でないとわからんし!とツッコミを入れて削除するのでした…。

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そうはいっても、自分を肯定できないのに、ほかのすべてを肯定なんてできるんですか?という疑問をお持ちの方は、じぶんリサーチインタビューを受けてみてください。

迷惑メールにイライラしてストレスたまることがあります。という方は、ストレスによってバランスが乱れた自律神経を整えることをめざす 呼吸づくり講座を受けてみてください。


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